愛知県豊明市 販売 27歳 女性
参拝の縁にあうことが出来たのは、同じ販売をしている先輩から勧められたのがきっかけです。
求道前の私は、自分に自信がなく、何をやるにもマイナスの考えでした。自分はできない……。不安ばかりが頭にいっぱいにあり、自分の意見すら言えませんでした。
接客の仕事をしているので、自分が暗い心で接するとうまくいかず、原因が自分にあるのに気づきませんでした。いつも親のせいにしたり、環境に対し悪く言ったり、周りの人を責めてばかりでした。
ずっと自分の気持ちが人に言えないのを、育ってきた環境のせいにしてました。親が厳しくて、親の意見に自分の思いを言えない。いつのまにか、親とかかわるのがめんどくさくなり、親と向き合う事から逃げ出していました。
親と向き合えない・・・。そんな性格になっていき、自分が気持ちを出せない。何かをチャレンジする前からあきらめるのは、親がおさえつけてきたから、こんな私なんだと思うようになりました。
それから、そんな自分を変えたくて、人と接する仕事をえらび、自分を表現する努力をしよう、前向きになろうって、仕事で自分をかえようとがんばりました。でも、根本がかわっていない。道理を知らない私は、自分ががんばる事で私が変わると思ってずっと生きてきました。
けど、求道して、自分の心を明らかにする事を教えてもらっても、最初は宗教だと思いここに来るのもどうかな?と思っていました。
でも、学校や親からも教えてもらえなかった道理をしり、もっと自分が道理を知りたいと思い始めました。会舘ではみんなが明るく笑顔。こんなに楽しくなる場所はほかにありませんでした。
会舘での講義に出る。少しだけどお手伝いをする。礼拝に行く。この3つをくりかえしていくうちに、いろんな人、物への感謝があふれてきました。
道を私に伝えてくれる人がいなければ、きっと私は心がずっと暗かったです。親のせいにずっとしてきた事それが自分の側にとらわれて、自分の物差しでしか人を見れなくなっていた事。親が育ててくれたから私がいる事、私を思ってくれるから、うるさく言ってくれる事、いろんな事に対して自分でバリアを張っていたと気づきました。
同時に、会舘に導いてくれた先輩の慈しみも感じました。ずっと見守って、私が一歩一歩気づくために、いろんな方向から言葉をかけてくださる先生たち。
求道してから、自分の事ばかり考えなくなりました。
自分が生きている事、会舘で心から裸になれる場所を知れた事、自分の中にあるという事、それに気づきはじめた事がとてもうれしいです。
私がかわり始めてから主人にも変化がありました。主人が妙智班から帰ってきたとき、我が家に弥勒様の像が来ました。家庭の中ではいつも二人で道の話ばかりしています。本当に私が体験した事を次の人へリレーしていきたいです。
もっともっと心から自分の思いを伝えられるよう、心を裸にして生きていこうと求道の縁にあって感じました。
これから親に求道の縁を伝えられるよう、今から、私の本当の親孝行が出来るよう、自然体で生きようと思います。








